人生を振り返る

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今日は、仕事が暇だった。

職場で、暇になると、小説を読んでいるのだけれど、さすがにずっと小説を読んでいると疲れてしまうので、ぼーっとすることも多い。

今日は、しみじみと自分の人生について考えた。

実は、今回の仕事に就いたとき、私は人生の再スタートだと意気込んでいた。

問題行動をして、逮捕され、職場を解雇されたのが、1年前。

約1年の無職を経て、ようやく探した常勤先だった。

面接をいくつも受けて、やっとの思いで就職した。

そして、慣れない土地に引っ越した。

妻と同棲してから、初めての引っ越しだった。

仕事で使うスラックス、ワイシャツ、上着も新調した。

ちょうど結婚指輪を購入したときだったので、気持ち新たに、傷一つない結婚指輪をはめて仕事に向かった。

同じ時期に、いい腕時計も買った。時計を買う時は、「これから頑張るぞ」という意味を込めていた。

今思うと、住んでいるところや身に着けているもの全てが、心機一転、新しい人生のスタートを象徴するものだった。

しかし、仕事を初めて2ヵ月ちょっとで、前科が露呈してしまい、解雇となった。

人生がうまくいかないという落胆もあったし、仕方がないという諦めもあった。

すべては、自分が過去に犯した問題行動のせいなので、その責任をとらなければならない。

しかし、今の自分は、家族もいるし、「神様、あんまりじゃないか」と誰かを憎みたくなったものだ。

一方で、仕事にはストレスを感じていたし、いつか前科がバレないかとびくびくしていたし、とくに水曜日に行う仕事内容は失敗が許されないもので恐怖が強かった。

つまり、あまりうまくいっているという状況ではなかったから、収まるべきところに事態が収まっていってだけなのかもしれない。

私は、今の仕事をやめて、新しい仕事につくべきなのかもしれない。

その方がいい人生なのかもしれない。

そんな風にも考えている。

なにか、暗示的なものを感じる。”感じる”のではなくて、”感じようとしている”のかもしれないが。

兎にも角にも、今回の解雇は、私の人生では大きな意味を持ったし、色々なことを考えた。

しかし、振り返ってみると、私は、問題行動が原因で3回解雇されている。

自分を損ない続けてきた人生だなと思う。

だんだん、事態は困難になっていくし、すべてが取り返しのつかない問題だと思う。

一度、進んでしまった時間は巻き戻せない。

取り返しのつかない問題とずっと向き合わなければならない人生にしてしまった。

そして、振り返ると元妻のことを思い出さないわけにはいかない。

私は彼女を傷つけてしまったし、そのことによって同時に自分自身も傷つけてしまった。

問題行動が原因で、私と元妻は離婚することになったし、お互いを憎しみ合うような別れ方をした。

その憎悪は、炎のように燃え上がることがあって、去年の夏ごろ(離婚して数年がたったころ)私はひどく攻撃的になってしまったし、元妻との関係で大きく悩むこととなった。

元妻と離婚する前の状況を振り返ってみると、私は問題行動をしてしまう状況にあったし、当時の私は問題行動をする以外の選択肢がなかったと思う。

そして、問題行動をした後に、元妻に対して嘘・裏切り・辻褄合わせ・取り繕いをしたのだけれども、人生をやり直せたとしても、私は同じことをしてしまうと思う。

元妻には悪いことをしてしまった。人生を台無しにしてしまった。

しかし、それは避けられることではなかった。

今の私が思うのは、残念なことだったという寂しさである。

もし、私が時間を戻すことができるなら(これは多くの性依存症者が考える妄想だと思うけれど)、

問題行動をする直前に戻って、自分を制したいのではなくて、

父親を病気で亡くしたころの自分に会って、声をかけてやりたい。

あの頃の自分は高校生で、父親を亡くした喪失感を、勉強をすることで埋めていた。

高校生なのに、午前2時とかまで勉強していた。

そして、よく金縛りにあっていた。

ベッドの上で、眼球だけは動かせるけれど、それ以外の筋肉が動かない。顎も首も動かない。

頭は冴えわたっている。

そんな金縛りを高校生の時に何度も経験した。

今振り返って思うに、私はその時に、大切なものを損なっていたのだと思う。

原因を過去に探し求めてしまうから、こういう振り返りをしてしまうのかもしれないが、

どう考えても、あの時に原因があったと私は確信している。

だから、もどれるなら、父親を失ったとき。

自分を、自分で抱きしめてやりたい。

自分に、温かい言葉をかけてやりたい。

そう、最近は思う。

大学生以降の私の中には、致命的な欠陥があって、その欠陥は私に激しい飢えと渇きをもたらしていた。

私は、これまでの人生で、常に新しい自分になりたいと追い求めていた。さまよっていた。

現状を否定し、新しい何かを獲得するために、努力をしていた。

違う人間になることで、何かから解放されたかった。

成長を追い求めていた。

人からは良く思われたいし、愛されたい。

すごい人間だと思われたい。

そんな考えが私を支配していた。

しかし、大学生以降は学業ではパッとしなくなり、成績は褒められたものではなかった。

その代わりとして、異性には癒しを求めたり、パワーを求めたりしていた。

愛情ではなくて、別のものを求めてしまっていたと思う。

そして、相手の同意を得ない性的な問題行動をしてしまったり、セックス依存症になってしまった。

結局、私はどこにもたどり着けなかったし、

流れ着いた先は途方もない暗闇で、私は全身傷だらけだった。

私にとっての、大きな転機は、父親の喪失であり、元妻の喪失だったのかもしれない。

振り返ってみて、そう思う。

人生の回想をここまで書き連ねてしまった。

まとめると、私は何かが欠落した人間であり、それは喪失体験がもとになっている(と私は信じている)。

多くの人を傷つけてきたし、自分自身も傷つけてきた人生だった。

じゃあどうするか。

これからどうしていくか。

7-9月はアルバイトの予定をたくさん入れた。

お金が減っていく恐怖には耐えられそうにないので、時間をお金に換えたい。

あくせく忙しくしていないと、気分が落ち着かないというのもあるのかもしれない。

妻には、10月になったら、アルバイトを減らす予定と伝えてある。

10月になったら、休みを多くして、自分の人生について考えたいと思っている。

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