刑事罰は罰であるということ
刑事罰は刑事事件での被告人に与えられる罰です。
それ以上でも以下でもないと思います。
あくまでもそれは、刑事事件に対する罰であり、その罰を償い終われば、司法の現場では罪を償い終わった人として扱われます。
しかし、社会からの目は…
見せしめ、生贄としての逮捕
昨今の芸能人の刑事事件や不倫問題に関しては、本当に大きく報道されます。
それは、視聴率がとれるからという側面もあると思いますが、
見せしめ・生贄としての側面があると思います。
捜査機関としては、これを機に、民衆に知らしめるという意図がないわけではないでしょう。
国民的スターの不祥事には、いままで優雅な生活をしていたという妬みがバッシングに変わると、それはそれはエネルギーの大きなものとなります。「二度とテレビに出てくるな」とか。
今は、インターネットやSNSの普及で情報の伝達も早ければ、情報の保存も半永久的で、いつでもその情報にアクセスできます。
それを踏まえれば、報道は本人にとってある意味、終身刑に近いように思います。
就労や賃貸契約などすべてが困難になってしまいますから、社会に居場所がなくなり、再犯しやすくなるという意見もあります。
本来の目的は、罪を償ったり、再犯を防止したり、究極的に言えば社会の幸福度を上げることだと思います。
しかし、逮捕報道が社会の幸福度を上げる方向にいっているのかどうか、私は少し疑問に思います。
最近の、山口達也さんや瀬戸大也さんのニュースなどは、特定の方の人生を破滅させることが目的となっていないか、と考えてしまうことがあります。
もちろん、知る権利もあります。難しい問題ですね。