亡き父のネクタイ

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今日は、証明写真を撮った。

資格の関係で。

解雇になったあとの人生を考えたときに、資格関係で取得できるものは全部取ろうと思い、行動している。

私としては、新しい人生のスタートのつもりで、色々と取り組んでいるので、

今日もそれなりの温かい気温でジメジメしていたが、証明写真はネクタイ・スーツで撮ることにした(当たり前の常識なのかもしれないが)。

ネクタイをどうしようか迷ったときに、グレイのストライプを手に取ったあとで、思い返して、それをつけるのをやめた。

家においてある、今は亡き父親のネクタイを手に取った。実家からとってきていたものだ。

紺とえんじ色が使われているストライプ柄のネクタイ。

光沢がある。

材質はポリエステル。

妙に剣先が細い。ナロータイと言われるものだろう。

これを手に取ると、色々なことを考えたり思い出したりする。

まずは、これを父親の部屋から貰ってきた時を思い出す。

父親を失った悲しみが癒え始めた大学生の低学年の時に、アルバイトで家庭教師や塾講師を始めることになり、その時にネクタイが必要になった。

金がなかったので、イオンとかで買っていたのだが、色々な種類をそろえるというよりは、最低限そろえたという感じだった。

ふとしたときに、そういえば父親の遺品にもネクタイがあったはずだ、もらおう、と思い、帰省した。

父親の部屋は、一軒家の二階の日当たりの悪い部屋だった(もともと一番日当たりのいい部屋が父親の部屋だったが、小学三年生ごろにその部屋を私にくれて、父親は物置として使っていた日当たりの悪い部屋に移動した)。

父の部屋をあさったことがないので、色々なものが出てきた。テニスの大会で入賞したときの記念写真とか、命名辞典とか(私の名前に使われた文字や、使われそうになった文字の部分にマーキングがしてあった)、ごちゃごちゃと。

とくに、写真はとても興味深かった。こんなに若い父親を見るのは初めてで不思議な感じがしたのと、故人の活躍していた姿をみて感慨深い気持ちになった。

命名辞典も、自分の名前をそこでみつけたときに、とても嬉しかった。父親が命名辞典を買ってきて、真剣に悩み自分の名前を決めてくれたことをなんだか誇らしく思った。

肝心のネクタイだが、タンスのネクタイ掛けに、20本くらいが垂れ下がっていた。

ブランドものもなく、シルクでできているものも少なかった。

どれも、どうみても安物だった。

おまけに、どれもヨレヨレで、くたびれていた。

あまり自分のネクタイにお金をかけられなかったのだろう、と思った。

装飾にこだわらないから買わなかったのか、お金がなくて買えなかったのか、どちらかは分からないが、私は後者のような気がした。

父親は、9人兄弟の末っ子で、満足に教育を受けることができなかったそうだ。

高卒で、石油化学系の会社に入り、工場に配属されていた。

一度聞いたことがあったが、年収はそんなに高くなかったと思う。

本当は、地区で一番の公立高校に行って、大学にも行きたかったが、金銭的にかなわなかったと言っていた。

私はことあるごとに、勉強しないと、良い給料がもらえないぞ、と言われていた。

その発言には、父親も学歴さえあればもっと年収がもらえたのに、という無念さが込められていたと思う。

それも、頭が悪くて大学に行けなかったのではなくて、金がなくて大学に行けなかったのだ。

父親は悔しかったろうと思う。

ところで、私の成績は、小学校でも中学校でも2番だった。

開成高校に行ったひとが万年1位で、その次が私だった。

父親は内心私の成績に喜んでいたようだが、成績表を見せるといつも、「国語がだめじゃないか」などとできていないところを指摘する、厳しい父親だった。(私は国語が苦手だった)

結局私は、高校受験で有名進学校に合格した。

高校1年の終わりに父親を亡くし、そのあと猛勉強して、希望する大学に入ることができた。

その時の大学受験の合格発表は、不思議な気持ちだったのを今でも覚えている。

まずは、「絶対に合格しているだろう」という確信があった。

父の無念さを背負って受験勉強していたというのもあったので、量も質も負けていないし、自頭も負けていないと思っていた。食事と風呂とトイレと歯磨き以外は勉強していた。

頑固な、偏屈な自信というよりは、私が合格するのは決められているというような、淡々とした不思議な自信だった。

合格発表当日は、携帯の画面でみたのだが、「やっぱり受かってたよ」と母親に伝えたあとに、

ああ、一番伝えたい人は天国にいるんだな

と思った。

合格したらどんなに嬉しいかと期待していたが、私はとても悲しい気分になった。

なんで合格しているのに、悲しいのだろう。

そんな、複雑な合格発表だった。

気付くと、私は泣いていた。

合格して悲しくて泣いていた受験生は私だけだと思う。

ネクタイの話に戻ると、

くたびれた安物のなかから、2本を選んでくすねてきた。

1本が今日つけた、紺とエンジのストライプ。

もう1本が、モスグリーンのペイズリー柄。こちらはちょっと癖があるが、一番ヨレが少なかった。

そんなわけで、今も私の部屋のタンスには、父親の2本のネクタイが保管されている。

私はそのポリエステルのすこしくたびれたネクタイを見るたびに、父親の学業に対する無念さや、(難関大学に合格することで)自分がその敵を討ったという誇らしさ、富と貧困、色々なものを思い浮かべる。

肝心の証明写真だが、なんとネクタイは映り込んでいなかった。証明写真はちょうどワイシャツの首元で切れていた。

せっかく勝負ネクタイをしていったのに、どうして映らないのかと、ちょっと残念な気持ちになった。

しかし、これからは感傷に浸るのではなく、現実を強く生きていかなければならないよ、という父親からのメッセージなのかもしれないと思った。

僕も父親になった。

前を向かなくては。

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