近況報告

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彼女が入院しました。

妊娠中期なのですが、体調が悪く、救急外来を受診してそのまま入院となりました。

なので、今は一人で過ごしています。

そんなときに、なんと私は、「問題行動ができる」という風に考えてしまいました。

自分でもこんな時に何を考えているんだ、と驚きましたし、自分の考えに対して悲しみを覚えました。

具体的には、繁華街を徘徊したいという欲求や、

出会い系アプリをダウンロードしたいという欲求がふと湧いてきました。

(直接的に誰かとセックスしたいとか、風俗にいきたいという欲求はありません)

自分の大切な人が妊娠している状態で入院しているのに、

自分は問題行動ができると考えてしまいました。

私は、彼女のことが好きで、大切に思っています。

にもかかわらず、こんな風に邪悪なことを考えてしまう自分がいます。

本当に、「何考えてんだよ」と自分に怒りがこみ上げてきましたし、悲しくなりました。

自分で言うのもおかしいかもしれませんが、

不誠実というのとは違って、病気の症状なのだと思います。

「できる」という状況に置かれてしまうと、ドーパミンがでてしまって、実行に移したくなるのだと思います。

彼女を大切に思う気持ちと、彼女が悲しむようなことをやってしまいたいという気持ちが、あきらかに矛盾しています…

依存症というのは、大切なものの優先順位がぐちゃぐちゃになってしまう病気なんだと強く痛感します。

ところで、いまは元気がないので、問題行動をする気力はありません。

私の場合、元気があって奔放な時は、「やっちゃえ」という風に問題行動を軽くとらえてしまう傾向にあります。

元気がないときは、「寂しくてやることがないから、問題行動をしたい」という風に問題行動に逃げる傾向にあると思います。

どちらも危ないと思いますが、どちらが危ないかというと、前者です。

元気がないときは、問題行動を空想するけれども、実行することはほとんどありません。先ほども書いた通り、気力がないのです。

一方で、元気いっぱいの時は、衝動性・多動性があるため、問題行動を行う閾値が低くなっていると思います。

話が長くなりましたが、今日は、彼女が入院しているにも関わらず、(彼女が入院しているからこそ?)渇望が出てきたという内容でした。

私は性依存症という病気なんだと、本当に身に染みて感じました。

「できるぞ」と思ってしまうと、渇望がでてくるのです。

依存症は、本当に恐ろしい病気です。

大切な人を大切にできない病気です。

私はそんな性依存症と戦い続けます。

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