錯覚②

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前回のブログでは錯覚について扱った。

今回も錯覚について書いていきたい。

今回は、依存症と絡めて。

依存症の治療とは

依存症の問題は、脳内報酬系の異常が背景にある。

問題行動をするとドーパミンが分泌されるようになってしまったのが、依存症だ。

そうなると、治療は

①問題行動をしてもドーパミンが出ないようにする

②問題行動ができないようにする

③ドーパミンが必要ないようにする

④我慢する

といったところだろう。

①は現在の科学では無理。

②は行動療法。(性犯罪でいえば、収監されているとか、外出しないようにするとか)

③は薬物療法や運動療法。

④は日記を書いたりして、問題行動のない日々を続けようと努めることかもしれない。

依存症は”錯覚”である

今回は、特に①である、問題行動をしてもドーパミンが出ないようにするのは無理という話に着目したい。

結局は、問題行動をしたらドーパミンが出てしまうのは受け入れるしかない。

そういう、システムになってしまったのだと、あきらめるしかない。

そうなると、錯覚と似ている。

錯覚も、どうしようもなく、錯覚してしまう。

錯覚から逃れるための「知識」と「定規」

この錯覚。

「これは有名な錯覚だよね。長さが同じやつでしょ?」と知識として知っている場合は騙されない。

定規で実際に長さを測ってしまう方法も騙されないために有効だ。

図形の錯覚の時に、だまされないためにできることは、知識として知っておくことと実際に定規で測ってみることだ。

錯覚という、脳内のプログラムに逆らう方法が、「知識」と「測定」なのだ

依存症における「知識」と「定規」

では、依存症、つまり脳内報酬系の異常の場合は、どうすれば脳内報酬系の暴走に逆らうことができるだろうか?

一つは、「問題行動をすると悪い結果になる」という知識をもつこと。

「一日中ゲームをやっていると、一日の終わりに後悔するから、ゲームは2時間までにしています。」という感じで、「問題行動に耽溺していると悪い結果になる」と知識として知っていれば、行動は制御できる。

もう一つは、測定だ。

依存症の錯覚と言うのは、幸せの優先順位が狂ってしまうことだ。

問題行動をしない人生と、問題行動に耽溺する人生ではどちらの方が、幸せなのか。

普通は問題行動に耽溺しない人生なのだが、依存症になってしまうと、問題行動こそが幸せと勘違いしてしまう。

この、幸せの優先順位の狂いを見極める定規とは何なのか。

依存症の錯覚から逃れるための定規は何なのか。

これは、安直だが、「問題行動をしたくなったら、大切な人の写真をみるとか、大切な人に電話する」という方法だと思う。

目の前にある問題行動と、大切な人との人間関係を天秤にかける。

これが、依存症における、我々の「幸せの定規」なのではないだろうか。

おわりに

今日のブログが、依存症の治療に悩んでいる人の参考になれば幸いです。

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