”友達”と食事の予定が入った

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依存症で治療中の人と”友達”になり、食事に行くことになった。

とても楽しみでわくわくしている。

どうしてわくわくしているのか考えてみたが、”友達”だからだ。

私は依存症の症状が出始めたのが19歳である。盗撮から始まった。

そのあと、2020年3月に精神科に通うまでに、自分が盗撮してしまったと話すことができた人間はいない。

19歳以降、接する人間すべてに嘘をついてきた。隠してきたといってもいいかもしれない。

一緒にごはんに行く関係になった人はいるし、一緒に旅行に行くような関係の同性もいた。

しかし、そのような人にも自分を打ち明けられなかった。打ち明けたら関係性が壊れるんじゃないかとか、変態と思われるんじゃないかとか、そんなことを考えていた。

友達だと思い込んでいたけれども、見えない壁のようなものがあったのだと思う。

「あんな奴ら友達じゃない」と言い切るつもりはないけれど、やっぱり深いところでつながることができた友達ではなかったのだと思う。

しかし、今は違う。精神科のミーティングでも自分をさらけ出してきた。

同じような症状で苦しむ仲間がいる。

自分だけじゃないと思える。

「自分だって、人間なんだ」と思える。

つまるところ、お互いがさらけ出して接するのが”友達”だと思う。そんな”友達”との食事なので楽しみなのだろう。


依存症の中でも、他人に言いにくい依存症が”性加害を伴う性依存症”だと思う。

タイガーウッズはカミングアウトしたが、それはセックス依存症である。

漫画家の津島隆太さんもカミングアウトしてそれを創作活動に活かしているが、やはりセックス依存症である。

”性加害を伴う性依存症”をカミングアウトした人はいない。被害者がいることなので堂々とカミングアウトして活躍するべきではないというのもあるし、カミングアウトした本人に対するバッシングも相当なものとなるだろう。

つまり、”性加害を伴う性依存症”を公言して日常生活を生きていくことは困難なのだ。

社会に溶け込んで生きていくためには、私のような性犯罪者は隠して生きていかなければならない。

そんな中で、自分の気持ちを話せる場所があるのはとても幸せなことだ。

そして、自分が誰かにとって心置きなく話せる人間であれたら素晴らしいことだ。

友達を大切にしたい。

誰かに”友達”と言われる自分でありたい。

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