他人の言葉に敏感になってしまうとき

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他人の言葉がグサッと胸に刺さるときがありますよね。私はそういう時があります。

普段ならさらっと聞き流せる言葉にも敏感に反応してしまう時は、自己肯定感が下がっているときなのだそうです。

他人の言葉に反応してしまう時の背景に潜む無意識について、今回は考えていきたいと思います。

敏感な反応というのは、具体的には次の二つの反応が多いと思います。

それは、

  • 反発
  • 被害者ポジション

です。

エネルギーが有り余っているときは、反発します。

反論してみたり、逆襲を試みたりします。

相手の言葉に敏感に反応してしまい、「お前こそ、ここが間違っている」と指摘(逆襲)してしまいます。

エネルギーが不足しているときは、「どうせ俺なんて…」と被害者ポジションに入ります。

悲劇の人を演じるといってもいいかもしれません。

会話を辞めてしまって無言になったり、「もういいよ」といって部屋を出てしまうのも、被害者ポジションです。

反発も、被害者ポジションも目的は同一で、優越性の追求です。

俺の方が正しいぞという風に力強く誇示するか、

不幸自慢という形で不幸を誇示するか。

手段は異なりますが、どちらも優越性の追求という点では同じなのです。

他人の言葉に敏感になってしまうときというのは、自己肯定感が不足しているときであり、

自己肯定感が不足しているときは、優越性の追求が必要になってしまいます。

これは、「負けても平気」の精神の逆なんですよね。

他人の言葉に敏感になってしまうとき、さらっと聞き流すことができなくなっているとき、心の調子が崩れていると考えたらいいと思います。

逆に、「ちょっとこいつ失礼だな。まあいいか。」と聞き流せるときは、メンタルが落ち着いているのでしょう。

私が大切だと思うのが、悪い原因を考えるのではなくて、良いときにその要因を考えるのが非常に勉強になるということです。

「ちょっとこいつ失礼だな。まあいいか。」と聞き流せたときに、「あれ、どうして、今の俺は心の調子がいいんだろう」と内省してみるといいと思います。

調子がいい時はあまり深く考えず、調子が悪いときに原因を探る人が多いと思いますが、是非調子がいいときも要因を考えてみてください。

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