両価性の内包

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水をおいしく飲むために砂漠にわざわざ行く人は少ない(ほとんどいない)と思いますが、

ご飯をおいしく食べるために腹をすかせておいたという経験は誰もがあると思います。

そのような感じで、達成したときに得られる感情を楽しむために「ギリギリのところ」に行くことがあるんですね。

これのドキドキ感を追い求めるバージョンが、ギャンブルや性の依存症なのです。

「借金するかしないか」「これで負けたら人生終わり」

「逮捕されるかされないか」「これで逮捕されたら懲役」

こういったギリギリのシチュエーションが「ドキドキ感」を味わうためには必要なのです。

不幸にもそこで問題行動を実行してしまい、借金・逮捕という機転を辿った人は、

水をおいしく飲むために砂漠に行ったが、干からびて死んでしまった人と同じなのです。

ちなみに、「水をおいしく飲む」=「ドーパミンを多く出す」ということの比喩です。

そう考えると、行為依存症は「借金したい病」「逮捕されたい病」ということもできそうです。

つまり、簡単に言えば、破滅したくなくて破滅したい、苦しみたくなくて苦しみたい、といういった状態が依存症なのだと考えています。

両価性の内包。

それが依存症の本態なのでしょうか。

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