「私のことを分かってほしい」という状態は危険です

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「あなたは自分のことを伝えていないのに、察して欲しい・わかってほしいと相手に期待してしまうんだね」

これは、ある漫画で私が印象に残ったセリフです。

主人公(境界性パーソナリティー障害)の方が、精神科医に対して一方的に苛立ちを覚えて、ついには担当医を変えて欲しいと考えます。

カウンセリングを担当している心理士にその旨を伝えました。

「先生は自分のことが全然わかっていない。」

「先生のことが信じられない。」

などなど、先生の悪口のオンパレードです。

心理士は、「うんうん」と頷いて、主人公の言い分をすべて聞きます。

そして、最後に、「で、結局どうしたいのかな?」と心理士は主人公に尋ねます。

主人公はその言葉で気付きます。

「怒ってはいたけれど、何に怒っていたんだろう。どうすれば自分は満足するんだろう。」と自問自答します。

ひょっとしたら、精神科医に対して、怒っていたけれど、その怒りは不適切だったのかもしれない、とまで考え始めました。

そして、心理士が放った一言がこれです。

「あなたは自分のことを伝えていないのに、察して欲しい・わかってほしいと相手に期待してしまうんだね」

主人公はこの”正論”に対して、納得しました。

「ああ、自分は、精神科医に自分の気持ちを伝えてもいないのに、察して欲しい・わかってほしいと期待してしまい、一方的に怒っていたんだな」という考えに至りました。

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多くの怒りの原因が、不適切なものです。

(適切な怒りは、実際に自分が害されたときに出るものです。しかし、その怒りも感情的にぶつけるのではなく、相手に改善を依頼すればいいのです。)

今回話題として出したエピソードだけではなくて、日常のあらゆるところに、「私のことを分かってほしい」という状態が潜んでいます。その状態は非常に危険です。

その背景に潜むのは、「コミュニケーション不全」だと思います。

だって、正しく自分のことが伝えられていないのですから。

その、コミュニケーション不全は自分のせいなのに、それで怒ってしまっては仕方がありません。

自分の分かってほしい気持ちというのは、しっかりと相手に伝える。

改善してほしいところや自分が困っているところは、しっかりと相手に伝える。

そんな風に心がけていれば、人生を楽に生きることができると思うのです。

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