知性が下がると、「俺が正しい」という主張をしてしまいます。
酔っぱらうと態度が大きくなる、というのもその一例です。
知性が保てていると、「ひょっとして自分が間違っているんじゃないか」という自問自答ができます。
それが、客観視の第一歩だと思うのです。
今、自分、姿勢悪いんじゃないか。
そんな風に自分をとらえるのが、客観視だとすると、
鏡で自分の姿を見たり、自分の声を録音して聞いてみたり。
そういう工夫が大切だと思います。
しかし、そういう工夫は恥ずかしいものです。
自分を知るのは恥ずかしい。
だから、直視したくないのです。
傷つきたくないからかもしれませんね。
いやしかし、なんで自分の声の録音はあんなに気持ち悪いのでしょうね。
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