カラオケに行って考えたこと

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先日はスポッチャみたいな室内遊園地に行きました。

そこで、カラオケがあって、子供が生まれてから初めて家族三人でカラオケに入ってみました。

King GnuやSEKAINO OWARIなど、最新の(?)アーティストの曲を歌いました。

歌っていると、なぜだかわかりませんが、走馬灯のように、大学生の頃の記憶などが思い起こされました。カラオケに大学生のころたくさん行っていたので、その時の記憶が呼び起されたのだと思います。

あの頃は、盗撮で逮捕された後に、一見普通の大学生のように生きていたけれど、自分の心にはぽっかりと穴が開いていて、満たされず、悩み、困難の多い時期でした。

言葉で表現するのが難しいですが、ずっと「今とは違う自分が理想なんだ」と焦っていたように思います。しかし、ずるずるとダメな方向に自分が向かって行ってしまい、自分のコントロールができない状況でした。

また、後悔もしていました。ありとあらゆるものに対して後悔をしていました。

盗撮してしまったこと、人を傷つけたこと、母親との関係、友人との関係、学業。ほかにも色々あります。

何かを成し遂げたい・大物になりたいというエネルギーはたくさんあったのですが、何も成し遂げられず、むしろ逆方向に進んでいました。

20歳代前半に特有の、挑戦的で、衝動的で、多動的な時期でした。

そんな風に昔のことを思い出して感傷に浸るものの、今は「じんわりと幸せだな」と感じました。

もちろん、現在も前科はあり、精神科に通院する身ですから、完全無欠というわけにはいきません。

しかし、現実的な見方をすると、今の自分には多くの幸せがあり、目標もあり、努力もできる。

そんな日常を幸せに思います。

また、楽しい将来のことをも考えられます。

仕事で独立したい。

車を買って家族でドライブしたい。

郊外に一軒家を建てたい。

子供が大きくなったら登山に行きたい。

少し長い目で見て、いろいろな楽しい計画が私の中であります。

これはきっと、自分の中にある「傾向性」のようなものを学び、それに対抗するのを諦めたからだと思います。

傾向性というのは、性的な問題行動もその一つですし、朝寝坊・夜更かし・食べ過ぎも傾向性の一つです。

傾向性というのは、どうあがいても変えることができません。

条件が整ってしまうと、自分で自分をコントロールすることはできなくて、状況に流されてしまうんです。

その傾向性自体は、諦めるしかありません。

自分の望む結果が欲しければ、自分の傾向性を変えようとするのではなくて、条件を変える。

条件を変えるとは、環境・シチュエーションを変えるということです。

自宅で勉強できないのであれば、自習室に行く、そんなイメージです。

そうやって、自分を律するというか、コントロールする術を身に着けつつあるので、人生が以前とは違った進み方をしているような気がしています。

何はともあれ、人生の方向としては、格段に良くなっている実感があります。

そんなことを、カラオケを歌いながら考えました。

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