Twitterをみていたら、
「心を取り戻す治療」
という言葉をみかけました。
とても、考えさせられる言葉だと思いました。
依存症は、
「心を奪われてしまう」
状態です。
自分自身の深いところが侵されてしまい、
何かに依存してしまいます。
「好きだ」とかそういう好みの問題ではなくて、
もっと暴力的な欲求です。
それを渇望というわけです。
渇望というのは、
のどがかわいた人が水を欲するように、切実に希望することです。
飲水欲求と同じように、何かの物事を欲するっていうのは、大変強力な欲です。
そのくらい、脳みそがジャックされてしまうのが依存症です。
「心を奪われてしまう」とどうなるか。
私の経験で申し上げると、
日常の楽しみが消えます。
とくに、じっくりとした楽しみが消えます。
日光を浴びた新緑を見た時の喜び。
季節の香りをかいだ時の喜び。
仕事が終わった時の充実感。
旅行の時の爽快感。
そういったことが感じられなくなります。
嗜癖に浸ったときに、とてもつよい達成感や充実感があって、
その強い刺激に慣れてしまい、
日常が色あせてしまうのです。
ずっと、依存対象を追い求めていますから、
ずーっとチャンスを伺っていて、満たされない状態が続くか、
嗜癖に浸っているかになってしまいます。
ONがびりびりとした刺激たっぷりな時間。
OFFが腑抜けた時間。
という感じです。
嗜癖に浸ったときは、それはもう快感で、
「俺は生きているな」
という爽快な気持ちがありました。
逆に、日常が物足りなくなり、色あせて見えたり、イライラしてしまったり。
ジェットコースターみたいな生活になってしまうんです。
ジェットコースターに乗っているか、ジェットコースターに乗るために並んでいるか。
治療に取り組んで3年たちますが、
徐々に、じっくりとした楽しみを感じられるようになってきたと思います。
まだまだ、回復への道は続きますし、それはゴールがないものと言われています。
一生かけて、回復していきたいと思います。
何かに到達するというよりは、
歩み続けるというイメージで取り組んでいます。
頑張っている、とは違って、
苦しくはありません。
ぼちぼちやっている、楽しいからやっている。
そんな心持ちです。
精神科で勉強したり、友人とあそんだり、自分のことを内省したりしています。
内省というのは、結構難しいですが、
「感情の予測」というのを今はしています。
行動をするまえに、行動後の感情を予測しています。
買い物でも、食事でも、何でもです。
例えば、ものを買う前は特定のものが欲しかったのに、
買った後は、色違いが欲しいとか、
そういう感情の変化は面白いなと思って研究しています。
研究といっても、ただぼんやり考えているだけですが…
食べ放題の取りすぎ問題とか、
貯金したい自分の心とか、
資格試験を受けたい自分の心、
なども興味深いと感じています。
今日はこの辺で終わります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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