人生とは、気分

スポンサーリンク

人は何も持たずに生まれてきて、死ぬときに何も持っていけません。

つまり、何かを所有したり、集めたりする人生にしても意味がないと思っています。

そうすると、人生はどう生きたらいいのか。

私は、「いかにいい気分で過ごせるか」というのが肝だと思っています。

人生とは、気分

私はこのように考えています。

  • 今日は充実していたな。
  • 今日は頑張ったな。
  • 今日は幸せだったな。

こんな風に一日を終えることができていれば、いい人生なんだと思います。

では、どうすれば、気分の良い、いい人生になれるか。

これは、気分をよくするために工夫ができるかにかかっていると思います。

  • コールセンター勤務で、客からのクレームが辛いということであれば、「死ね」と言われた回数を記録して、10回に達したら外食に行く(上司に連れていってもらえるように約束する)とか。
  • 電車で子供が泣いていてうるさいのであれば、「大切な人(あるいは飼っていたペット)が死んでしまって辛いのかもしれない」と考えたり。
  • 電車でギリギリのところで座れなかったときは、直前に座った人は足首を捻挫していて辛いかもしれない、いいことをしたぞ、と考えたり。
  • 仕事が単調な作業で辛いのであれば、いかに短時間で効率よく仕事ができるか限界に挑戦して成長感を味わってみたり。

これらができれば楽に生きられますし、良い人生になると思います。

逆に、こういう工夫ができないと、

  • 「雨が降ってマジ最悪」
  • 「彼氏の食べ方が汚い」
  • 「子供が勉強しない」

などと、不平不満や怒りに満ちた生活となってしまい、辛い人生となるでしょう。

怒り以外にも、後悔や不安など向き合わなければいけない感情や状況はあります。

それらに向き合い、気分の良い、いい人生を送りたいものです。

くどいようですが、

人生とは、気分

いかにいい気分で過ごせるか」というのが肝。

いまはそう考えています。

しかし、書いていて思うのですが、考え方の工夫ができないときって多いですよね。

頭でっかちになってしまって、「こういう時はこうすべき」という知識だけはついていても、いざというときに知識が役に立たないなんてことも。

いい気分で過ごすというのは、なかなか大変なことだと思う今日この頃です。

人間は無意識に変化を恐れているなんてこともあるみたいですから、「考え方の工夫をしたくない自分」というのが無意識の中に潜んでいるのかもしれませんね。

コメント