「本当の自分」と向き合う恐ろしさ

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色々な場面で、葛藤することがある。

ダイエットしたい自分と、お菓子を食べたい自分といった具合に。

色々な場面で、妄想(想像)することがある。

子供を家のベランダから落としてしまったら大惨事になってしまうというグロテスクな想像といった具合に。

人は、目標と正反対のことや、思ってもいないことが頭に浮かぶときがある。

欲に負けていたり、グロテスクだったり。

ところで、「怖いもの見たさ」という言葉がある。

何かに対して恐れる自分もいれば、興味があって見てみたいという自分もいるということだろうけれど、

じゃあ、恐れる自分と興味がある自分はどちらが本当に自分なんだろう、という疑問が湧く。

どっちも本当の自分なんだろうか。

この質問に答えるのは難しい。

どちらかが本当の自分で、

もう一方が、水面に映った自分の顔のようなもの、つまり虚像なのかもしれない。

どっちも本当の自分なのかもしれない。

まさに心理学といった命題だ。

別の話だが、

夢って興味深い。

自分の意識や無意識が関係するのだろうが、

その夢も、明らかに現実離れしていたり、自分としては考えたくもない内容(とてもひどいものだったり、そんなことは絶対にしたくないことだったり)のことがある。

というか、支離滅裂で、断片的なものの貼り合わせのときもある。

そんなものの中に、自分の意識や無意識が反映されていると思うと、背中がぞくぞくしてくる。

そんなわけで、日常では色々な観念やイメージが現れる。

欲望に負ける弱い自分や、ふとした時に想像してしまうグロテスクなイメージ、意味不明な夢。

そんな中に、「本当の自分」が隠れているのかもしれない。

普段自分だと思っている自分というのは、仮面をかぶった自分だったり、演技して作っている自分だったりするのかもしれない。

化けの皮をはがしたくない自分がいるから、仮面をかぶっているのかもしれない。

自分を知るということは、恐ろしいことだろう。

「こんな自分には出会いたくない」

という恐怖が我々の中にはあるのではないだろうか。

本当の自分が、殺人をしたい、死体を切り刻みたいと思っていてもおかしくないのだから。

最近は、このように、人の深層心理や無意識というものに興味がある。

専門書を読んで研究しているわけではないが、

日常の様々な場面で興味深く思案している。

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