心のカーテン

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コーヒー豆の焙煎所が職場の近くにあるんです。

ガラス張りのため、中の焙煎器などがみえるので、以前から興味を持っていました(買ったことはないのですが…)。

すると、今日みたら、ガラス張りの一面に、カーテンが設置されていました。

高さのないカーテンなので、上と下はガラス張りのままですが、目線の高さは覆い隠されていました。

きっと、店舗設計のときは「ガラス張りが開放的でいい」と思ったのですが、実際働いてみると「通行人の目線が気になる」と店長さんは感じたのではないでしょうか。

あくまで、私の勝手な邪推ですが…

その時に、自分がコーヒー焙煎屋をやるならどうするかを考えたのですが、たぶんオープンキッチンのように作業が通行人から見えるようにはしないです。

店内が見えるように開放感があるほうが、人が入ってきやすいと思うのですが、

なにせ、人から見られっぱなしというのは落ち着かないでしょう。

自分だったら、何よりも自分(店長)が落ち着ける空間を目指します。

また、話は変わりますが、心にもカーテンみたいなものが必要なのかもしれないな、と感じました。

ずっと、誰かに見られているのはつらいですから、自分だけの安全地帯に籠りたくなるときもありますよね。

お風呂、トイレ、寝室、書斎など。

いろいろなところが安全地帯になりうると思いますが、そういうところに籠る「積極的な孤独」というのは人間必要だと思います。

もちろん、懇親会やパーティーなどが好きな外交的な人もいると思いますし、一人で過ごすのが好きな内向的な人もいますから一概に言えないと思うのですが、程度の差はあれど、誰もが安全地帯を持っているはずです。

一方で、昨今のLINE・Twitter・インスタグラム・Tiktokなどは、自分を開示し、他者からのコメントが来うるという意味では、落ち着かないといってもいいですし、傷つくこともあると感じます。

最近のSNSの台頭で、承認欲求を追求する人が増えましたが、同時に安全地帯を持たない・持てない人も多いのではないかと感じます。

あくまで、私というフィルターから見た印象ですが、みんなスマホを見ていて、余裕がないように思います。

LINEがあるから友人と常時つながっているようで、希薄な関係であったり、

せっかく一緒にいるのに、みんなスマホをいじっていたり、

話をするばかりで、聞くことができなかったり、

素敵な風景を目に焼き付けるのではなく、スマホで写真をとってSNSに公開する。

内省はせずに、他人の欠点ばかりが目に付いたり。

現代人は余裕がないと思いますが、その原因がテクノロジーの進歩、とくにSNSの台頭だと思います。

公園を散策したり、小説や音楽を楽しんだり、そういうアナログな楽しみがあった方が、幸せになれるんじゃないかななんて思っています。

そんな私もパソコンでブログを書いていて、全然アナログじゃないんですが…

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