脳の”無意識”を鍛えて依存症に克つ

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意志は存在しない

自分には「意志」があると思っている人が多いと思います。自分の行動は自分の「意志」で選択していると我々は信じています。

しかし、これは錯覚です。「意志」が行動の指示を出すよりも先に行動する準備は始まっているのです。

脳波計を用いた実験(※1)で有名なものがあります。目の前に水の入ったコップがあり、喉が渇いたらコップを手に取り水を飲むという動作を被験者にしてもらいます。一連の行動を脳波計で観察します。すると、喉の渇きを感じてから手が動き出すまで0.20秒でした。一方で、運動の制御に関わる運動野は手が動き出す0.55秒前に活動を始めていました。喉の渇きを感じる0.35秒前(引き算:0.55-0.20)に、すでに運動野は手を動かすよう指示を出していたのです。

では、手を動かすように指示を出したのはどこでしょうか?これは、脳の視床下部にある浸透圧受容器(血液の濃さを感じとるところ)が体の水分の不足を感知したからなのです。意識とは関係のない場所で感知して指示を出すという仕組みが出来上がっていたわけです。喉が渇いたから水を飲んだと思い込んでしまうのは、意識が辻褄を合わせていただけなのです。「水を飲む行動をとっているし、自分は喉が渇いていたのも間違いないから、喉が渇いたから水を飲んだんだ」と自分に言い聞かせてしまうのです。

他に、MRIを用いた実験(※2)もあります。左右のどちらかのボタンを被験者に押してもらいます。MRIで脳を観察すると、なんとボタンを押す7秒前にどちらのボタンを押すかわかりました。

2つの実験結果からわかるように、自分の行為は自分の「意志」で選択しているのではなく、無意識に行為は始まっています。それを感知したから「水を飲みたかったから飲んだんだ」とか「右のボタンを押したかったから押したんだ」などと意識が辻褄合わせをしているのです。

行動の指示出しは無意識によって行われており、意識で辻褄を合わせているのです

脳科学者の池谷裕二さんは対談の中で次のように語っています。

「ぼくは、そもそも「自由意志」を想定することがおかしいと思っています。(中略)すべての神経活動はタンパク質のバルブの開閉から始まるのです。だとすると、「自由意志」はこのバルブを開閉する物理的なちからを持っていなければなりません。でも、私たちがイメージしている「自由意志」とは、意識に浮かぶ想念のようなもののはずで、それが物理的な力を持っているとすれば、「念力」になってしまいます。(中略)ですから、ぼくは脳科学を探求していくなら、「自由意志」という概念は使わない方がいいと思っています。」

文芸春秋SPECIAL(平成29年季刊夏号)p42−43より

私も池谷氏の意見に賛成です。「意志」を持ち出すと話がややこしくなってしまいますし、脳科学的にも「意志」の定義が難しいのだと思います。

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